「あなたが帰ってきたら咳がでてきちゃった。ちゃんとうがい手洗いした?」
おかえりの挨拶がわりに最近はコレ。
たたでさえ潔癖気味の妻は、コロナ禍でますます神経質になっている。
僕はこのところ自宅でのテレワークも増え、リビングで仕事をすることも多い。妻はとてもいやそうだ。掃除機ひとつかけられやしない。と文句をいっている。
5歳になる息子ユウキは喘息もち。夜中に咳がとまらなくなって救急病院に連れていくことも何度かあった。シュコーシュコーという吸入器をあてながら、妻と夜の静まりかえった真っ暗な待合室の床をじっと眺めていると深い闇に落ちていく気がする。ユウキの喘息はなおるのだろうか?妻は日に日にいらだちをつのらせている。夫婦の関係はこのまま悪くなってしまうのだろうか。
「海の潮風は体にいい。海にいって肺いっぱい思いきり吸い込むといいんだぞ」
いつものように朝から機嫌のわるい妻がキッチンに立つ姿を見ながらリビングで仕事をしていると、ふと亡き親父の言葉が思い出された。
それはまるで、ふっと空から降ってくるようなメッセージだった。
そうだ。息子のためにも。そして妻と笑顔で暮らすためにも。
海辺に引っ越すのはどうだろうか。
コロナで最近は出社日も減っている。
逗子なら都内まで1時間で通勤できる。
家から海まで近ければ朝波乗りをしてから仕事もできる。
ユウキが生まれてからは毎週末のようにいっていた趣味のサーフィンも
行きづらくなってしまった。そうやってストレスを解消する術をなくしてしまったのも妻との関係を悪化させてしまった原因かもしれない。
早速、海辺の物件を探してみるといくつかのサイトが見つかった。
海の近い物件。でも、海辺に住む友達から聞くところによると塩害はやはりハンパではないらしい。郵便ポスト、車、自転車、玄関のドア、ありとあらゆるものがサビまくるという。台風のときは暴風雨が窓をたたきつけて生きた心地がしないそうだ。やはり海が近すぎるのも考えものだ・・この物件はどうだろう?
海まで徒歩4分。そして駅まで8分だ。
海も近くてかつJR横須賀線の駅も近い物件は、鎌倉や葉山ではほとんどないことがわかった。海と駅が離れているからだ。逗子のここなら商店街も近い。近所に小洒落たカフェもたくさんあるみたいだ。良質な映画を上映しているシネマカフェもある。週末妻と2人でワイン片手に映画を楽しむのもいいかもしれない。ふむふむ。家の近くにある逗子開成中学・高校は海のそばの学校らしくヨットの授業があるようだ。
ユウキがたくましく日に焼けた海の男になって、自分と海でサーフィンをする日が来るのだろうか。釣りが好きだった親父とは子どもの頃は毎週のように釣りに出かけていた。
いつからか、僕は友達と遊びにいくことが増え、社会人になってからは仕事が忙しくて親父と釣りにいくこともなくなっていった。息子と過ごす時間は思っているよりもずっと短いのだ。ふり返ると妻がうしろから掃除機をかける手をとめてパソコンの画面をのぞきこんでいた。妻が掃除機をひんぱんにかけるようになったのは、ユウキの喘息がはじまってからだ。
「来週、逗子にいってみない?」
僕は思わず口にしていた。
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